2015年5月6日水曜日

別所公春まつり 手作りの甲冑まとい 行列80名 今年は初の寸劇も

5/5、『別所公春まつり』が、上の丸城址とその周辺で行われた。別所公春まつり実行委員会主催。

『別所公春まつり』は、毎年5/5、別所長治公の遺徳を偲んで行われる行事で、別所公辞世の句が刻まれた歌碑前での歌碑祭、文化展、各種武道大会、武者行列、お茶会、子ども縁日など各所でいろいろな団体による協賛行事が開催される。

別所長治公とは、戦国時代、三木の地を治めていた三木城の城主で、織田信長の命を受けて中国毛利攻めの軍を進めてきた羽柴秀吉の大軍と交戦し、1年10ヵ月にわたって激しく戦った若き戦国武将。三木城は、堅固で、良将がいる上に城兵の士気も高く、難攻不落の城だったが、「兵糧攻め」という秀吉の奇策にあい、飢えに苦しむ城兵や領民の姿を見るに忍びない長治公は、城兵の助命と領民の安全を第一義とし、自らの命を引き換えにすることを決意。
天正8年正月17日、「今はただ恨みもあらじ諸人の命にかわる我身と思えば」との辞世の句を残し、一族と共に自決して開城した。
この長治公の遺志は、羽柴秀吉に感銘を与え、城兵と領民は許されると同時に、租税免除などの善政が行われたことにより、めざましく復興、その後三木発展の大きな礎となった。
『別所公春まつり』は、この長治公を偲び三木市の大恩人として後世に長く語り継ぐために開催しているもの。
当日は、三木城跡の長治公辞世の句が刻まれている歌碑の前で『歌碑祭』が行われるとともに市内の各所でいろいろな団体による協賛行事が行われる。

その協賛行事のひとつに三木甲冑倶楽部の主催する武者行列があり、毎年約100人が参加する。近年は、三木高校武陣太鼓も加わり、別所公春まつりのメインイベントとなっている。
行列を行った三木甲冑倶楽部、三木高校武陣太鼓、国際交流協会、ボーイスカウト三木第二師団、大学生有志、三木中学校、別所巴太鼓、それにThis is MIKI など総勢80名は、雲竜寺に到着し、寸劇「兵糧が届いた」を行い、三木合戦の干殺しの物語を披露した。
今年はじめて行列に参加し、また、寸劇にも加わった大西敏之さん(43)は、「こんなおまつりが三木にあるなんて知らなかった。楽しかった。来年も出ます。」と話した。